2025年12月13日

師走の平日ツーリング

時は金曜日っ。
土日は仕事・・・・・

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今回のルート。
あったかそうな千葉へ。

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今回の距離と燃費。
千葉なので燃費が悪し。

そして・・・

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パーフェクト下道。


=====ETC 期限切れ=====
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ハヤブサの場合、ETCの下に
ERR表示。

=====最近人気の勝浦=====
夏でも35℃を超えない避暑地で
さらに冬も暖かいので大人気。

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天気も良いし。景色も最高。

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ヤシの木が。
尚、ここら辺りは、昔、某アイドルがシャブシャブ
していた「シャブ」の聖地。尿検査では陰性だった
ので綺麗なシャブっ。
海側じゃない方にはピンク色の家があったとかなんとか。

=====月夜の砂漠な御宿=====
12時なると月夜の砂漠が聞こえる。

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大蘇鉄。昔、ここには町役場があったとか。

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ヤシの木。

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月夜の砂漠。
その先の砂浜には・・・・

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「ONJUKU」の文字モニュメント。

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ラクダ乗りながら、ここで記念撮影したいなー。
posted by mannjyu-kowai at 21:14| 栃木 ☁| Comment(3) | ルート記録、小ネタ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2025年12月11日

千歳山 萬松寺

11月中旬、山形に行った際に立ち寄った所。

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駐車場。

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早速、境内へ。

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千歳山 萬松寺縁起:
一、宗旨、萬松寺は曹洞宗(禅宗)です。
曹洞禅はお釈迦様より代々の祖師がたが相承れた仏法です。

一、歴史、当山は阿古耶姫(藤原実方朝臣)の開基
で、行基菩薩(法相宗)の開山 慈覚大師(天台宗)
の開創でありますが今は禅宗です。
曹洞禅は道元禅師さまが我が国に伝え規範を正され、
四祖の瑩山禅師さまが教示し広められたものです。
瑩山さまの孫弟子(岩手県正法寺のお弟子)である
「清岩良浄」さまが萬松寺を復興開山されました。
尚、「阿古耶の松」と「厳原実方公」の緑により、
一条天皇、後村上天皇、明治天皇の勅願所となって
います。
又、山形城主保科正之公により、徳川将軍家の供養
寺となっています。

一、寺紋、後村上天皇の命により菊の紋を許可されました。

一、本尊、法報応を一身にして生誕された釈迦年尼仏を
御本尊と仰ぎます。
尚、毘盧遮那仏、虚空蔵菩薩、観世音菩薩、地蔵菩薩、
不動明王の仏さま、大黒天、福禄寿神 当山鎮守駒篭
出羽稲荷明神を安置しております。

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秋の風情が残る山門。

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く、くまー。
これって、赤毛のツキノワグマ。
・・・と言うことは

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赤カブト

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萬松寺参道入り口にはこんな注意書きが。

一、山内において一切の殺生を禁ず。
「鳥獣の捕獲・草木の採取等」


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本堂へ。

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ご本尊様。菊の紋。

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御祈願を
「タイヤがパンクしませんように!」

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山形県庁の近くだけど、熊が出没
したらどうするのかな・・・・
(緊急銃猟するのかな?でも「禁」に反してしまう)
と思いつつ見学完了。
posted by mannjyu-kowai at 22:04| 栃木 ☁| Comment(7) | ハヤブサと300km超 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2025年12月10日

北畠親房公終焉の地

11月上旬、奈良に行った際に立ち寄った所。

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停められそうな所へ。

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灌頂寺跡:
灌頂寺は、北畠親房(後醍醐天皇の政治を支えた南朝方の公卿)
終焉の地ともいわれ、『南朝編年記」正平9年(1354) 9月には、
「十五日入道三宮親房薨於和州字陀郡福西荘灌頂寺阿弥陀院
六十二歳当時賢才上下惜悼之」と記されている。
この周辺には、アミダイン、仙院、蓮池、聖天、東の坊、中の坊、
本願院、塔の坂、大門坂などといった寺院に関係する小字名も残
されており、昭和18年(1943)に寺院の遺構などを確認する目的
で、小規模な発掘調査が行われている。
昭和63年(1988)には、国営農地造成工事に伴う大規模な発掘
調査が奈良県立橿原考古学研究所によって実施され、多くの遺構
・遺物が確認されている。
灌頂寺の寺域は小字、検出遺構などから200m四方にも及び、各所
に院や坊が点在していたと考えられる。「アミダイン」からは、
建物跡、池状遺構、井戸、土坑・ピット(穴)が検出され、大量の
土器類(土師器、瓦器、瓦質土器、陶器、青磁)、などが出土して
いる。「アミダイン」は本坊的な役割を果たしていたと考えられ、
院名から「阿弥陀堂」と推定される。
灌頂寺は、先の出土遺物から、11世紀中葉から後葉に創建され、
17世紀前葉には廃絶したと推定される。

神皇正統記の著者であり、長男(顕家)より長生きした人物。

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石碑へ。

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南朝の重鎮、かつ思想家であった北畠親房公は、『北畠准后
伝』によると、正平九年(一三五四)、「和州宇陀郡福西荘
灌頂寺の阿弥陀院に閑居して、九月十五日嘉ず。」とある。
由良哲次・山田孝雄両博士らの調査研究によって、『北畠准
后伝』にある灌頂寺や親房公の墳墓の信憑性が高められ、
昭和六十三年の発掘調査によって、灌頂寺跡の全容が明らか
となった。
こうした調査研究を受けて、地域としては、親房公の顕彰会
を組織し、灌頂寺阿弥陀院由縁の蓮昇寺において、九月十五
日の忌日法要を営み、また准后伝を中心とした資料集を刊行
してきたところである。
親房公顕彰の運動が高まるとともに、地域の賛同によって、
この度、「終焉の地」の碑を建てる運びとなった。
よって赫々たる公の徳行を顕彰するとともに郷土の歴史文化
を享受する一端とするものである。

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兜と一緒に撮影・・・・

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鉄馬(ハヤブサ)が当時あったなら尊氏を京から追放
して南朝の世の中になった気がする。
と思いつつ見学完了。
posted by mannjyu-kowai at 23:02| 栃木 ☀| Comment(5) | ハヤブサと1000km超 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2025年12月09日

日蓮宗 光悦寺

11月下旬、京都に行った際に立ち寄った所。

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駐車場。
「ここならバイク料金で良いよ」
ということで500円/日。

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入場料を払い中へ(確か500円)。

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光悦寺縁起:
この辺り一帯を鷹峯光悦町とよび、元和元年(一六一五)
徳川家康公が本阿弥光悦に野屋敷として与えた土地である。
光悦翁は、そこに一族縁者をはじめ、種々の工芸にたずさ
わる多くの職人と共に住居を構え、光悦翁を中心とする
工芸集落を営んだ。又同時に、本阿弥家先祖供養の霊屋
として、位牌所を設け、それが光悦翁の没後、寺となり
日蓮宗光悦寺として今日に至っている。
境内の一角には苔むした光悦翁の墓碑が、今も鷹ヶ峯の
松籟を聞きつつ静かに立っている。

光悦一族のユートピア。

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大空庵と光悦垣。

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本阿弥庵。
茶室は多数あるけど入れない所ばかり。

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入れる所では京の秋の景色を楽しめるー。

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光悦寺から見る、秋の東山は絶景。

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本阿弥家一族のお墓が。

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そして、本阿弥光悦のお墓。

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茶道のように侘び寂びを感じる苔むしたお墓。

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京都東山を見下ろす地で隠居。
毎日、銀閣寺見放題。いいなー。
と思いつつ見学完了。
posted by mannjyu-kowai at 23:09| 栃木 ☀| Comment(7) | ハヤブサと1000km超 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2025年12月08日

片谷地の一本スギ

10月上旬、山形に行った際に立ち寄った所。

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停められそうな所。
場所ば場所なだけに、早速、大スギの下へ。

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片谷地の一本スギ:
羽州街道が整備される元和8年(1622年)前には、
小松原(現みはらしの丘)~片谷地~下谷相を結ぶ
古道(出羽大道)が通っていた。
それに沿った集落が片谷地であり、村はずれの丘陵
に祭神が祀られ、寺屋敷といわれる地域に一本スギ
があった。
枝を存分に伸ばし、周りにもたくさんのスギが立ち
並び
、日陰を作り、そこに住む村人や街道を行き来
する旅人等の休息の場所であった。
その後、片谷地は、集落ごと現街道(羽州街道)に
移ったが、樹齢約600年と推定される一本スギはそ
のまま残った。
その景観は、山形市選定の「山形うるおい百景」の
一つとして、大木のスギが平地の街道筋に立ち、夕
暮れに陽が少し落ちても場所を確かめることができ
る地域のシンボルとなっている。

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スギの近くに田んぼが。
山形なのでつや姫かな。今年は豊作っ!。
でも、米の値段は下がらない。

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樹齢600年のぶっとい幹。

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2026年のシーズン(2月)に向けて
力を溜めているんだろうな。

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この辺りが休耕地になり田んぼが無くなったら
また杉林が街道沿いにできるかも。
そして熊の隠れ家に・・・・・・
と思いつつ見学完了。
posted by mannjyu-kowai at 23:06| 栃木 ☁| Comment(5) | ハヤブサと名木 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする